●心性のアイデンティティ、心の底の底を自覚的に把握せよ!
大学を中退して、社会体験をして驚いたことはいろいろありますが、一番驚いたのは、みんな恵まれているんだ! と気づいたことです。
ことさら自分が不幸とも想っていませんでしたが、あれこれ見聞すると、エエそんなこともこんなことも俺には無かったなあ。
みんな恵まれているんだ! となんか思いましたね。
というようなことをお話しするのは、そう思って私がどう感じたか、ということです。確かにエエッ俺ってそんなに恵まれていないんだ、とは思いましたし、そんなことが無くとも少年時代からの不足感は自覚的にありましたが、それほど客観的にその格差を知ったという事実は、少々、青天の霹靂でありました。
そこで私が感じたのはショックを受けたというのではなく、むしろ薄い幕が取れて、なあんだそういうことか、わかったぞお、そんな感じです。
つまり、そんなに恵まれたんでは出来ない経験を、俺はしているんだ! ということです。さらに――だったら、彼らに負けるわけはいかないし、負けるわけも無いじゃん! なぜか切実にそう感じたんですね。
Copyright (C) 2008 Ryo Izaki,All rights reserved.
ことさら自分が不幸とも想っていませんでしたが、あれこれ見聞すると、エエそんなこともこんなことも俺には無かったなあ。
みんな恵まれているんだ! となんか思いましたね。
というようなことをお話しするのは、そう思って私がどう感じたか、ということです。確かにエエッ俺ってそんなに恵まれていないんだ、とは思いましたし、そんなことが無くとも少年時代からの不足感は自覚的にありましたが、それほど客観的にその格差を知ったという事実は、少々、青天の霹靂でありました。
そこで私が感じたのはショックを受けたというのではなく、むしろ薄い幕が取れて、なあんだそういうことか、わかったぞお、そんな感じです。
つまり、そんなに恵まれたんでは出来ない経験を、俺はしているんだ! ということです。さらに――だったら、彼らに負けるわけはいかないし、負けるわけも無いじゃん! なぜか切実にそう感じたんですね。
Copyright (C) 2008 Ryo Izaki,All rights reserved.
あまり論理的とは言えないかもしれないのですが、そういう心性を持って次に向かうことになっていきます。
それは私だけのことではなくて、違ったことでも大なり小なりどなたにもある自らのアイデンティティの特性――その自覚、ということです。
そんなの何にも無いよ、と言わないでください。必ず誰にも、何か、必ず在るはずなのです。
♪ 自らのアイデンティティたるべき、特性を把握せよ!
♪ その特性を磨き、さらなるキャラクター力とせよ!
ということをお伝えしたかったのです。
それが判らず、それを把握せず、日常を過ごすのと、それを知り、それを活用する、日常とでは、天地の差なのです。
営業においてそれは、売れる営業マンと売れない営業マンとの間の、分水嶺とでもいうべき、発見すべき金の鉱脈です。
自らのキャラクターがいかなるところに基因するものなのか、それを知ることでもあります。キャラクター力にも関係してきます。
中小の企業では、ありとあらゆる挫折のための要素が散りばめられています。
これに打ち勝つのは、そんな自らの心性をしっかり把握しているか否か、そこにあります。多くの挫折を見てきたからこそ言うのです。
強靭な心性はどこから生まれるのか。
一見、あまりに自信を持ち過ぎることは一種の奢りと裏腹でもあります。
しかし、同じ失敗をもたらさない心性とは、逆に自らに奢っていて果たされるものでもありません。そのバランスにこそ、その秘密がありはしないか、
そのシャープなアンテナの展開を支える、そんな心性のバランスを、どう微妙に保っていくかということに秘密がありそうです。
これも実は自覚的な切磋琢磨の活動の中で、降り積もる雪のように養われるもののひとつです。誰でもことが巧く運ばないことは良くあるもの、むしろトントン拍子であることのほうが少ないものです。いつも絶好調のつもりでも、断りにめげることもあるでしょう。社内的軋轢でクサクサもするでしょう。
すべて巧くことは運ばないものではあります。
そのあたりまえの日常にこそ、崩れていかない心性、それを保つ習慣が、営業ではまことに大事です。
今日やるはずのことがスグ明日、その日になればまた別のアクシデント、延び延びになって忘れ去られてしまう、どうせやってもすぐダメという幻想の黒雲が浮かんでしまう、アクションに鋭い切れがない新人を見ていて、感じます。
営業の敵は、多くの場合、同僚でも競合社でもなく、それが明確に立ち現れてくる以前の、脆弱に陥りがちな自らの心性です。
むしろ明確なライバルや競合社にはいくらでも対策を立てられますし、それが明らかになることこそ営業の発展です。
その遥か以前で憔悴消滅していく営業も確かに存在するわけです。
成績も行為もジメジメ新人を見ていると、その切れの無さに、そんな想いが浮かんできました。
それは私だけのことではなくて、違ったことでも大なり小なりどなたにもある自らのアイデンティティの特性――その自覚、ということです。
そんなの何にも無いよ、と言わないでください。必ず誰にも、何か、必ず在るはずなのです。
♪ 自らのアイデンティティたるべき、特性を把握せよ!
♪ その特性を磨き、さらなるキャラクター力とせよ!
ということをお伝えしたかったのです。
それが判らず、それを把握せず、日常を過ごすのと、それを知り、それを活用する、日常とでは、天地の差なのです。
営業においてそれは、売れる営業マンと売れない営業マンとの間の、分水嶺とでもいうべき、発見すべき金の鉱脈です。
自らのキャラクターがいかなるところに基因するものなのか、それを知ることでもあります。キャラクター力にも関係してきます。
中小の企業では、ありとあらゆる挫折のための要素が散りばめられています。
これに打ち勝つのは、そんな自らの心性をしっかり把握しているか否か、そこにあります。多くの挫折を見てきたからこそ言うのです。
強靭な心性はどこから生まれるのか。
一見、あまりに自信を持ち過ぎることは一種の奢りと裏腹でもあります。
しかし、同じ失敗をもたらさない心性とは、逆に自らに奢っていて果たされるものでもありません。そのバランスにこそ、その秘密がありはしないか、
そのシャープなアンテナの展開を支える、そんな心性のバランスを、どう微妙に保っていくかということに秘密がありそうです。
これも実は自覚的な切磋琢磨の活動の中で、降り積もる雪のように養われるもののひとつです。誰でもことが巧く運ばないことは良くあるもの、むしろトントン拍子であることのほうが少ないものです。いつも絶好調のつもりでも、断りにめげることもあるでしょう。社内的軋轢でクサクサもするでしょう。
すべて巧くことは運ばないものではあります。
そのあたりまえの日常にこそ、崩れていかない心性、それを保つ習慣が、営業ではまことに大事です。
今日やるはずのことがスグ明日、その日になればまた別のアクシデント、延び延びになって忘れ去られてしまう、どうせやってもすぐダメという幻想の黒雲が浮かんでしまう、アクションに鋭い切れがない新人を見ていて、感じます。
営業の敵は、多くの場合、同僚でも競合社でもなく、それが明確に立ち現れてくる以前の、脆弱に陥りがちな自らの心性です。
むしろ明確なライバルや競合社にはいくらでも対策を立てられますし、それが明らかになることこそ営業の発展です。
その遥か以前で憔悴消滅していく営業も確かに存在するわけです。
成績も行為もジメジメ新人を見ていると、その切れの無さに、そんな想いが浮かんできました。