●秘伝は常に、体で覚えてこそ、秘伝なのである!
見込み客をどう探すのかは、どんな荒海、大海のなかからでも、半年もあれば道筋はつけられよう、と思っています。
営業はまず会社員に成らない!と決心して、会社員の視座で物事を見るその習慣をやめなければなりません。
大勢に迎合していると、確実にエア・ポケットのような視野に入らない分野が出来て、大海の黄金を新入社員に持っていかれてしまいます。
新人はその業界や会社のサングラスを身につけていないからです。
こんな例はどんな組織にもあることで、古くなると熟練する代わりにその視線が広角ではなくなる危険も含んでいます。
新人営業マン向けの無料レポート「これをしないから結果も出ない!」でも少し触れたかと思いますが、このエア・ポケットを見る視野について重点的に触れておきましょう。
もちろん、新人には新人のエア・ポケットもあります。
新人の場合は当然のように知識の足らなさが生むエア・ポケットで、ベテラン勢の生むエア・ポケットとは基本的な意味合いが違います。
しかし、知識が満ち、足りてるからこそ、逆に、ベテラン勢にもそのエア・ポケットが生まれるのです。
それはどんな場合かといいますと、知識が観念化しているからです。
そうならないトップグループを走り続ける営業マンの秘密は、まさにそこで、知識が体力化している! のです。
この差が極めて大きいのです。
――フェンシングをしているときに、「ほら、相手が打ち込んできて、
それから剣先をはずすぞ。だから私は二度受け止めて、相手の刀を打ってお返しをしてやろう」などと言葉で考えているひまはない。
刀でもって、五本の指でもって考えるのだ。
――私は若いころ器械体操をしたことがある。
鉄棒や平行棒の演技をうまくやるためには、まずそれを完全に正確に創造して見なければならない。
自分の身体がゆれ動くさまを想像し、そのゆれ幅を前もって正確にはかる。
そうやってあらかじめ演技を考えているうちに、上腕二頭筋を収縮させ、両足を鉄棒に向けて跳ね上げるべき百分の一秒の時間を、どこにとれば体にうまく勢いがつくかがわかったなら、その演技はまるで奇跡のようにやすやすとこなせるのだった。
――だがもし、運動の映像のほんの一コマが欠けたり、何ミリ分かがぼけたりしたら、運動のリズムはたちどころにとだえ、演技は不可能になるのだった。
(アンドレ・モーロア「人生をよりよく生きる技術」講談社学術文庫より)
引用が長くなりましたが、多くのヒントが感じられないでしょうか。
「考える技術」のうちの『体で考えること』にあります。
或いはこれまでも体感という言葉を多用してきましたのでお気づきかもですが、営業もこれと同じことが言えるのです。
体で考えることが身についた営業マンに成ると、頭で考えるより先に、触覚、嗅覚或いは第6感と呼ぶようなもので、目指すもののありかを見出すのです。
それは見込み客の選定においても、それ以前の訪問先の選定においても、その感覚が生きてしまうのです。

営業はまず会社員に成らない!と決心して、会社員の視座で物事を見るその習慣をやめなければなりません。
大勢に迎合していると、確実にエア・ポケットのような視野に入らない分野が出来て、大海の黄金を新入社員に持っていかれてしまいます。
新人はその業界や会社のサングラスを身につけていないからです。
こんな例はどんな組織にもあることで、古くなると熟練する代わりにその視線が広角ではなくなる危険も含んでいます。
新人営業マン向けの無料レポート「これをしないから結果も出ない!」でも少し触れたかと思いますが、このエア・ポケットを見る視野について重点的に触れておきましょう。
もちろん、新人には新人のエア・ポケットもあります。
新人の場合は当然のように知識の足らなさが生むエア・ポケットで、ベテラン勢の生むエア・ポケットとは基本的な意味合いが違います。
しかし、知識が満ち、足りてるからこそ、逆に、ベテラン勢にもそのエア・ポケットが生まれるのです。
それはどんな場合かといいますと、知識が観念化しているからです。
そうならないトップグループを走り続ける営業マンの秘密は、まさにそこで、知識が体力化している! のです。
この差が極めて大きいのです。
――フェンシングをしているときに、「ほら、相手が打ち込んできて、
それから剣先をはずすぞ。だから私は二度受け止めて、相手の刀を打ってお返しをしてやろう」などと言葉で考えているひまはない。
刀でもって、五本の指でもって考えるのだ。
――私は若いころ器械体操をしたことがある。
鉄棒や平行棒の演技をうまくやるためには、まずそれを完全に正確に創造して見なければならない。
自分の身体がゆれ動くさまを想像し、そのゆれ幅を前もって正確にはかる。
そうやってあらかじめ演技を考えているうちに、上腕二頭筋を収縮させ、両足を鉄棒に向けて跳ね上げるべき百分の一秒の時間を、どこにとれば体にうまく勢いがつくかがわかったなら、その演技はまるで奇跡のようにやすやすとこなせるのだった。
――だがもし、運動の映像のほんの一コマが欠けたり、何ミリ分かがぼけたりしたら、運動のリズムはたちどころにとだえ、演技は不可能になるのだった。
(アンドレ・モーロア「人生をよりよく生きる技術」講談社学術文庫より)
引用が長くなりましたが、多くのヒントが感じられないでしょうか。
「考える技術」のうちの『体で考えること』にあります。
或いはこれまでも体感という言葉を多用してきましたのでお気づきかもですが、営業もこれと同じことが言えるのです。
体で考えることが身についた営業マンに成ると、頭で考えるより先に、触覚、嗅覚或いは第6感と呼ぶようなもので、目指すもののありかを見出すのです。
それは見込み客の選定においても、それ以前の訪問先の選定においても、その感覚が生きてしまうのです。